からだのこと その後

12月の3日に子宮筋腫の摘出手術をうけました。

まずは、元気です!

大きいのは10x7センチの楕円形(拳サイズくらいかな?)が3つ。
小さいのは親指の第一関節くらいのものが、5つ。

術後、先生に検診をうけたときに「とった甲斐があったねぇ!」と言われ、お医者さんの友達にも「悪性ではないけれど大きくなりすぎててこれ以上おおきくなったら、もっとめんどくさいことになってたね。」みたいなことは言われました。

膀胱を圧迫していたのでトイレが近かったのですが、それがなくなって快適。

術後はかなり痛くて痛くて朦朧として「おかあさーん、あいたいようぅー」とか、「いたいよぅおー」言っていたらしいのですが、憶えてません。
あとで話を聞いて赤面しつつ、すごくしんどかったのだけど、心配しつつも笑い飛ばしてくれる夫や友人がいてとても助かりました。

手術を心配してくれた友達に顔をみせつつ、みんなに検診をすすめています。
不安だったけど、不安でずっといるよりとっとと解消したほうがいいなと思いました。

そんなこんなで年越しもして、私は元気です。

ぶった斬りBAR -くりすますイヴ- @ぐるぐるかふぇ

ぶった斬りBAR -くりすますイヴ- を12月24日やります。
カウンターに立つのは、あい子さんという料理の上手な私の友達です。
わたしは体調がよければカウンターにちょっと立つかも?です。
できるだけのお手伝いはしますので、来店していただければ会えると思います。

この日は土曜日なので、ぐるぐるかふぇの美味しいケバブも食べられますよー。
(たしか、通常300円がお得価格の250円だったはず!)


ぐるぐるかふぇ
京都府京都市左京区田中西大久保町14‐1
☎ 075-724-1182

からだのこと

以前から抱えていた子宮筋腫がでっかくなっちゃったらしくて、このままいくとあまりよろしくない状況になったため、年内に手術することになりそうです。

手術自体は、お医者さんである友人の紹介で安心できる婦人科のお医者さんを紹介してもらえたので、一切不安には思っていません。(絶対になにもないだろうけど、なにかあっても後悔しないくらいに信用しているので)

来週の10月20日に詳細を調べるためにMRI検査を受けて22日に治療方針を決める感じで進んでいくようです。

詳細の診断結果は、ほかに悪い所がでてきたり、子宮全摘とかになると感じることや考えることも増えるだろうしちょっと不安ですが、快方に向かうためのことなのであまり悲観的にならずにいるように心がけようとおもいます。

とりあえずは多分、生命に関わる程の病気ではないので心配は無用です。
来月か再来月には手術することになりそうです。

去年は去年で扁桃腺切除の手術で今年は今年で今回の手術だわで、自分の体に本人は投げやり状態です。(愚痴です)

もう二度と会えないのは悲しい

ここのところ、若い(もしくは、いわゆる世間に)影響のあった人がたて続けに亡くなっている。
そしてそれを知ることは確かに悲しい。
わたしが嫌なのは簡単にそのことがわかることだなぁとも思う。震災のこともそうだけど。
知ることができることってあたりまえでいいんだろうか?
なんか、よくわからない。というより、わからなくなった。
Twitterや、Facebookで簡単にみんなが共有してる。追悼してる。それって、なんなんだろう?
(だったらやめればいい?そういう問題?)
だれかがなくした何かや誰かを思うことって、なんかそこでない気がする・・・。

タイトルにも書いたけど、もう二度と会えないのは本当に悲しい。

そらをよむ





ああいう空をみると一緒にみたい人も思い浮かぶけど、陸も空もつながってるからだいじょうぶって思う。

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写真は、神戸にある caffe NEUTRAL で開催されたcaffe NEUTRAL 10th Anniversary’s PHOTO exhibition My Favorite Things 展 ( 7/3 ~ 7/30 ) に出展した作品です。
文章はあわせて展示していたものをこちらに転載したものです。
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今すぐ、ではなくて。

今年の5月26日木曜日に、京都精華大学 アセンブリーアワー講演会「日常の中のファンタジー」 脚本家:木皿泉に行ってきた。

私の好きなドラマの脚本家さん。『やっぱり猫が好き』以外、ほとんど全部彼らのメジャーな作品は観ている。

すいか』が一番好きで、一番最近の作品『Q10』もよかった。「どこがいいの?」とか訊かれても、いろんな大切なことが散りばめられているので、どれがどうとあまり言えず、結局、うまくはオススメできず、「ことあるごとに彼らの作品を観ているので、そのくらい好き」ということを伝えるだけで終わってしまう。

でも、ことあるごとにDVDで何度もみているので、私のことを好きと言ってくれるひとは、きっと好きな作品だとおもう。そのくらい血になって身になっている。

講演会当日は嬉しくて嬉しくて嬉しくて(大事なことなので3回書きました)電車を乗り間違えつつも1時間前くらいに到着、一番前の席で聴くことができた。

脚本家になるまでのこと、なってからのことや、先日出版されたエッセイ本『二度寝で番茶』にかかれている内容などをお話されたり。(私は講演会などに行っても基本ノートなどをとらずにいるので、内容を期待してこのページを開かれた方はゴメンナサイ)

印象にのこった言葉は、「恋愛なんてもう終わってますよね」とか、「13歳で死ぬのも80歳で死ぬのもかわんないんじゃないかとおもって」とか。

ただでも、最後の質疑応答はなにもきけなかった。

わたしは、作家だとか脚本家になりたいわけでもなく、ただのファンで、まあそれでも何か質問することがあればよかったのだけど・・・というよりか、なにか質問したいことは山ほどあったはずなのだけど、「ここで訊いたところで」と思ってしまったのだ。

帰りに、「せっかくの機会なのに、なんで訊けなかったんだろう?と考えながら帰ったのだけど、思いつくような質問はすべて「今すぐ、」ではなくて、彼らの作品の中に答えはとっくに書いてあって、あとは、わたしが自分でみつけることなんだと、思い至った。

いつかは向き合ってお話をしてみたい。
講演会が終わった後に、ちゃっかりサインをいただいて帰ってきたけど。
(ミーハー)

(やっと最近になって、ちょっと書けそうかなーとおもったので書いてみたり)

ポエトリー・リーディングぐるぐる vol.2

 
2011/6/9 19:30〜

この会は 詩を声にだして読んでみたいところ からはじまります
じぶんの詩 でも だれかの詩 でもよいです
本を読んでいてその文章が詩のように感じた のであればそれでもよいです
ただ聴いていたいだけ でもよいです
でも 読む人はぐるぐるのカウンターの中 にはいれます
言葉で響いてみませんか?

参加費:300円+ワンオーダー
主 催:ぐるぐるpoets
お問合せメール:gurupoets@gmail.com

ぐるぐるかふぇ
京都府京都市左京区田中西大久保町14‐1
☎ 075-724-1182

一生に一度きりの

今朝観た夢がものすごく辛くて、今日一日中なにかとぼんやりと考え込むハメになってしまった。

ーーー始まりは、あるイベントの1シーン。

タイだかインドネシアだかの、神様にちかいところで仕事をするとある女性が、彼女自身のエロティシズムに関しての表現をしていた。冷やかしも、賞賛も受けたあとに恥ずかしげに笑って受けとめているところへ、彼女はHIVポジティブであるということのアナウンスがどこからかはいる。

彼女は生涯に一度だけ、そしてその一度きりの性交渉でHIVになったこと、それも、そうなることがわかってその相手と性交渉を持ったこと、彼女は後悔をしていなかったこと。

そこから走馬燈のように、彼女が全身に管をつけて亡くなっていくまでを彼女の内側から外側からずっと見ている私。

ーーーそしてそこで私自身の目が覚めた。

周りの人は「彼女はその一度だけで幸せだと思ったのよ」なんて言ってたけど、それは嘘だと思った。それは、彼女に自分の「そうであってほしい」をお仕着せているだけもの。

多分彼女は、HIVにならないですむならなりたくなかったろうけど、たまたま好きで想いが通じた人がそうであっただけで、セックスだって一度だけじゃなくて出来るなら何回だってしたかっただけのはずだし、だから、あのイベントにだって出てたんじゃないのかな。

こうなりたいをおもってて、ただそれが日常で、こうなりたいが叶えられないまま終わっただけのことなんじゃないのかな。
それを、こうであったからこうだ、こう考えるべきであるとかなんて、だれにも決められないし決めちゃいけないと思う。

って、一日中考えてたらものすごく疲れた。
まぁだから、「〜だったからそれでいいのよ。」なんて言うんだろうけど。


はぁ、やだやだ。

ポエトリー・リーディング

2011/3/24 19:00〜

この会は 詩を声にだして読んでみたいところ からはじまります
じぶんの詩 でも だれかの詩 でもよいです
本を読んでいてその文章が詩のように感じた のであればそれでもよいです
ただ聴いていたいだけ でもよいです
でも 読む人はぐるぐるのカウンターの中 にはいれます
言葉で響いてみませんか?

参加費:300円+ワンオーダー
主 催:ぐるぐるpoets
お問合せメール:gurupoets@gmail.com

ぐるぐるかふぇ
京都府京都市左京区田中西大久保町14‐1
☎ 075-724-1182

そおっとわからないように

自分が意味あるだろうと思い込んでいる人によくある言葉遣い。

個人の願いや希望を複数形にして、さも全員のことであるように他人に押し付けることの醜さを知らないひとの言葉に、何を思うかというと、ただただ、そこから一刻も早く離れたいという想いだけしかない。

わたしは何にも区切りをつけない。わたしの中で、区切りという言葉を使う場合は、区切られたその何年か後、ふと思い出したときに、あれは区切りだったと自覚する程度だ。
時(とき)にも無理に頼らない。時(とき)という言葉を使うなら、自分で決めた時(とき)だけ。

それを人は自由と言うけれど、その人が自由ではないだけで、私が自由なのではない。


昨日の明日は今日で、今日は明日だった昨日という程度に、去年の来年は今年で、今年は来年だった去年という感じで過ぎていくだけでずっとつながってる。

そういう事を知っているから、ちゃんと、次に来るなにかを大切に出来る。
忘れていくのではなくて、ちゃんと、知っていくんだ。